# 17
慶應生、メジャーデビューへの軌跡
プロフィール
PURPLE BUBBLE
その他画像左から ・K-taring (Vo&G) 経済学部4年 慶應志木高校出身。高校2年生で初めてアコースティックギターを手にし、弾き語りを始める。作詞作曲を手がける。 ・リューセー (B&Cho) 理工学部卒/大学院在学中 高校時代はバレーボール部。大学から本格的にベースを始める。趣味は旅行。 ・嵐丸 (Dr) 理工学部卒 高校1年生から軽音部に入りドラムを担当。大学在学中には4つの軽音サークルを掛け持った。SNS動画の運営を手がける。 ・せき (G) 文学部卒 中学3年生でギターを始める。高校時代はバドミントン部。大学在学中は積極的にアルバイトに励む。
偶然が重なって集まった4人。きっかけはライブハウスへの挑戦だった。
バンド結成のきっかけについて教えてください。
4人共通してオフ研(大学公認オフコース・ミュージック・カンパニー)というサークルに入っていました。
サークルのシステムとしてライブごとにメンバーを変えながら活動していたんですけど、その中で実際に「外のライブハウスでやってみようぜ」っていう話になって、集まったのがこの4人です。それが2024年5月7日で、結成日です。
もともと4人でやろうって言って集まったわけではなく、一人一人それぞれで仲良くなって、自然に集まった感じだったので、すごい偶然性があるなって思っていて。
結構奇跡的だよね。
運命的な出会いでしょ。
実際、俺がみんなにバンド組もうって誘ったとき、どう思ってた?
仲良い友達から楽しそうなイベントに誘われた感じだったから、やるしかないなって思ってた。
投票による選考を勝ち抜き、結成わずか半年で2024年度三田祭オフィシャルソングを担当。
どういった経緯で応募されたのですか?
存在自体はもともと知っていて、バンドを組んだタイミングで、目に見える結果に向かって取り組みたいという思いがあったので、応募したのが最初です。
結成したときから、「三田祭のオフィシャルソングやってみようぜ」みたいな話はしていました。
楽曲『クラルテ』で三田祭オフィシャルソングを担当して、得たものはありますか?
それはもう自信と思い出ですね。
三田祭の大ステージで、いろんな人の前で披露できたことがすごく自信になりました。
バンドをやっていく上で目に見える結果をちゃんと残せたので、俺らが同じ方向を向いてやっていこうって思える1個の大切なスタート地点というか。
ひとつの始まりみたいな。
もっとバンド頑張ろうっていう。
ステージももう鳥肌立ちっぱなしでしたね。本当に見たことない景色だったんで。
いまだに鮮明に覚えてるぐらい。
周りの友達に投票してもらったりとか、三田祭の実行委員の方々にもよくしてもらって、それもすごく思い出というか、楽しかったし、いまだに写真とか見返すとやってよかったなって思います。
周囲の反応はどうでしたか?
見てくれた人がたくさんいて、「よかったよ」とか「あの曲いいね」とか言ってくれる人もいて、すごくいい反応をもらったなって思いますね。
あとはサークルの人たちが、セッティングを自然と手伝ってくれたりして。
しかも前で見てくれて。
なんか4人のために用意してくれた特別なステージだったよね。
確かに。
それが本当に温かかったですね。
選考を突破した要因は何だと思いますか?
歌詞だと思います。今でも「いい歌詞を書いたな」って思うくらい気に入っていて。自画自賛になっちゃいますけど、本当にいい曲だなって思います。
正直この曲が個人的にですけど、一番好きなぐらい結構メロディーも歌詞もいいなって思うんで。
実は三田祭オフィシャルソングって決まった歌詞を入れるルールがあって。その歌詞(「輝け個々に彩れ此処に」)の入れ方がすごく上手でした。
ラスサビの一番最後に入れているんですけど、綺麗な入り方してるよね。
総再生回数1000万回超え、『ナツメグ』のバズが変えた人生。
2025年発表の楽曲『ナツメグ』がバズっていく過程を振り返ってどうでしたか?
僕とK-taringがYouTubeとかTikTokとかのアナリティクスをよく見てて。ちょっと良さそうだなと思って見ていたら、数字がどんどん増えていって、「やばい、やばい」ってなってました。
出した日にすごくって。
それまでの動画だったら100いいねいけば良い方だったのに、それが急に10分置いていたら100いいね増えるみたいな感じで。もう桁が違いました。
釘付けだったよね。現実味を帯びていなくて、一日を溶かしました。
僕はそのとき友達とご飯を食べてたんですけど、なんかLINEの通知がうるさいなと思ったらK-taringと嵐丸で大盛り上がりしていて、それでバズっていることを知りました。
僕は旅行中だったんですけど、せきと同じで通知がうるさいなと思ったら、すごい勢いで伸びていました。
初めは僕たちがずっとSNSの伸びを見てるって感じだったんですけど、だんだん周りの人にも広まってきて、 SNSで最近「見るよ」「聞くよ」「すごいね」みたいに言ってくれる人が増えていきましたね。みんなすごく応援してくれて。
「PURPLE BUBBLEの曲流れてきたよ」とか。「使われてたよ」とかね。
友達がドライブに行ったときに、一緒にいた友達には俺らのこと話していなかったのに、『ナツメグ』が流れてきたみたいな話もあって。
「友達の友達が好きなんだよね」みたいなのがめっちゃ増えていきました。
『ナツメグ』にはどんな想いが込められていますか?
あなたの人生の主役はあなただから、自分を大切に、自分に素直に正直に生きていってほしい。自分を愛してほしいっていう強いメッセージを込めています。
このバズをきっかけに人生が変わった感覚はありましたか?
変わりましたね。もともと就活であったり、大学院進学であったり、将来について悩みはあったんですけど、『ナツメグ』のリリースをきっかけに、みんなでバンドやろうって確定できたので、そういう意味ではすごく人生変わったなって思います。背中を押してもらいました。
就職しても、バンド活動自体は楽しいので続けたいと思っていたんですけど、求めてくださる方のおかげで、この道に人生を捧げる覚悟が生まれました。
いくつもの壁を乗り越え、4人が選んだ音楽の道。
大学での勉強とバンド活動の両立は大変ですか?
すごく大変だなって思いますね。時間の使い方が上手くないっていうのもあって、両立の難しさを今実感しています。
僕は勉強ももちろん頑張っていたんですけど、一人暮らしだったので、お金の面も頑張らないといけなくて、勉強とバンドとバイトの掛け持ちが大変だったなと思います。
レポートに追われて結構大変ではあるんですけど、周りの友達が僕らの活動を応援してくれていて、そのおかげでなんとかなっていますね。
去年1年間が結構大変で、どうしてもライブがあって授業や研究室に行けないことがあったんですけど、友達や教授の力を借りて教えてもらったりだとか、寛容に「バンドあるんだね」って休ませてもらったり、そういった助けのおかげで最後までやり切れました。
次に就職や進学、バンドと言ったように、さまざまな将来の選択肢があったと思いますが、そのときに葛藤などはありましたか?
そうですね。みんな結構あります。
僕だけ就活をしていて、3年の12月ぐらいに僕の中で行きたいなと思っていた企業さんから内定をいただけたんですが、その翌月に『ナツメグ』が伸びたんですよ。そこで自分の人生に「こういう道もあるよ」って言われてる気がして、直前まで悩んだ末に内定を辞退させていただきました。その数か月間はずっと「どうしようかな」と悩んでいたんですけど、やっぱり人生は一回きりなので、いろいろなことに挑戦した方がいいなって考えて、この道を選びました。
メジャーデビューを迎える今、何を思うのか。
僕はもう、本当に嬉しいという気持ちが強くて。これまで通り自分たちのやりたいこと、伝えたいことを大切にしながら、聴いてくれる皆さんと共に楽しくやっていけたらなと思っています。
ここまでも結構大変だったんですけど、目標は超国民的なバンドになることなので、ようやくスタートライン。本当に人生かけて頑張らないといけないなと思ってます。
僕もひたすらに楽しみというか、ワクワクしてて。同じですけど、ここでスタートラインなんで、もう、全力で絶対でっかいバンドになってやるっていう気持ちです。上の世代から小さい子どもまで知っているバンドになりたいです。
メジャーデビューができるということは、それだけたくさんの方々に応援してもらっているからこそできることだと思うので、そういう応援してくださっている方々にちゃんと報いて「応援していてよかったな」って思ってもらえるように頑張りたいなっていう。責任を感じるとともに頑張りたい気持ちです。
本当にこの1、2年がバンドにとって大事な時期だと思っているので、悔いなく全力で、自分たちが良いと思う方に常に進んで行きたいです。
良い意味で足並み揃えるみたいなね。4個1みたいなのを大切にしてて。
誰かが引っ張ってくって感じじゃなく、良い意味で。
みんなで肩組んで
チームで頑張りましょう。
多くの人の支えがあったからこそ、今のPURPLE BUBBLEがある。その感謝を忘れず、一歩ずつ歩み続ける4人。等身大の彼らが紡ぐ音楽は、これからも誰かの背中を押し、たくさんの人の心を晴らしていくだろう。慶應から始まった4人の物語は、ここからさらに大きな舞台へと歩みを進めていく。
※本記事は2026年時点の情報に基づき作成されたものです。